チェスにはクイーンがいるのに、将棋にはなぜいないの?

AI対話チェス将棋歴史ボードゲーム
A A
そういえばさ、チェスって「クイーン」が最強の駒じゃない? でも将棋には女性の駒って一つもないよね。あれなんでなんだろう。
B B
言われてみたら確かに。将棋って王将、金将、銀将、桂馬、香車……全部なんか「武士のおっさん」みたいな名前やんな。
A A
そうそう。チェスだと王、女王、僧侶、騎士、城って感じで、宮廷社会そのものなんだけど、将棋は完全に軍隊の編成なんだよね。でもさ、チェスも将棋ももとは同じゲームから生まれてるらしいよ。
B B
え、そうなん? 全然違うゲームやと思ってたわ。

A A
6世紀くらいのインドに「チャトランガ」っていうゲームがあって、これがチェスも将棋も含めたほぼ全部のチェス系ゲームの共通祖先なんだって。
B B
チャトランガ。聞いたことあるようなないような。駒はどんな感じやったん?
A A
6種類あって、ラージャ(王)、マントリ(大臣)、ガジャ(象)、アシュワ(馬)、ラタ(戦車)、パダチ(歩兵)。で、ここが面白いんだけど、今のチェスのクイーンにあたる駒は「マントリ」、つまり大臣なんだよ。女性じゃない。
B B
大臣! じゃあ最初から女王やったわけちゃうんや。
A A
しかもこの大臣、斜め1マスしか動けない。ほぼ最弱クラスの駒だったらしい。
B B
今のクイーンってタテヨコナナメ全方向に何マスでも動けるやん。全然ちゃうやんか。いつそんなことになったん?

A A
それがね、チェスがヨーロッパに伝わったのが10世紀頃なんだけど、そこから約500年間、クイーンはほぼずっと弱い駒のままだったんだよ。
B B
500年!? めちゃくちゃ長いな。
A A
1300年頃に「初手だけ斜め2マスジャンプできる」っていう微妙な強化はあったけど、基本的にはずっと使えない駒。それが一気に変わったのが1475年、スペインで。
B B
何があったん?
A A
タテ・ヨコ・ナナメ全方向に何マスでも動けるっていう、今のルールがいきなり登場した。当時の人はこれを scacchi alla rabiosa、「狂乱チェス」って呼んで揶揄したらしい。
B B
狂乱チェスて。まあそりゃ500年弱い駒やったのがいきなり最強になったら「何それ」ってなるわな。
A A
しかもこの新ルール、わずか数十年でヨーロッパ全土に広まったんだよ。スペインで生まれた新しい遊び方が、あっという間に各地に伝播した。
B B
500年動かへんかったものが、変わるときは一瞬なんやな。よっぽどゲームとして面白くなったんやろな。

A A
そう、スタンフォード大学のマリリン・ヤロムが『Birth of the Chess Queen』でまとめてるんだけど、クイーンが強化された背景には4つの文化的要因があるらしい。
B B
へえ、どんなん?
A A
まず、エレアノール・オブ・アクイテーヌとかイサベラ1世みたいに、実際に権力を持った女王たちがいたこと。次に聖母マリア崇拝で女性性が神聖視されてたこと。それから宮廷愛の伝統で女性が理想化されてたこと。最後に、チェスがそもそも「女性も男性と対等に遊べる珍しい競技」だったこと。
B B
なるほど。要するに中世ヨーロッパの文化全体が「女性を高く評価する方向」に動いてて、それがチェスの駒にも反映されたってことか。
A A
ただ面白いのが、これはあくまで西ヨーロッパの話で、ロシアではエカテリーナ女帝の時代までクイーンじゃなくて「ヴィジール(大臣)」の駒を使い続けてたし、アラビア圏では今でもこの駒を「大臣」って呼んでる。
B B
じゃあ「大臣が女王に変わった」のは、地球全体の話やなくて、西ヨーロッパ限定の現象やったんや。

A A
で、ここからが核心なんだけど、じゃあ東側、つまり将棋ではこの「大臣」がどうなったかっていうと——
B B
あ、ちょっと待って。自分で調べたんやけど、チャトランガの「マントリ(大臣)」に相当する駒って、将棋では「金将」になったって言われてるんやって。日本将棋連盟のサイトにも書いてある。
A A
そうそう。王のすぐ隣で守る、最も王に近い側近。チェスでは「最強の女王」になった駒が、将棋では「王を守る男性武将」になった。同じ起源から真逆の進化をしたんだよね。
B B
ほんまに面白いな。西では女王として最前線で暴れまわる最強の駒になって、東では王の横にじっと立って守る忠実な家臣になった。
A A
しかも将棋の駒名って独特で、「玉将」の「玉」は最高の宝石、金将・銀将はそのまま金・銀。これタイのマークルックっていうゲームに「貝(財宝)」の駒があって、その「財宝を奪い合う」コンセプトが日本に伝わったときに駒名に反映されたっていう説がある。
B B
財宝? 将棋って戦争ゲームやと思ってたけど、もともとは「お宝を取り合うゲーム」でもあったんか。
A A
チェスが「宮廷社会の縮図」なら、将棋は「武家の軍隊の縮図」。チェスにはビショップ(教会)やルーク(城塞)があるけど、将棋にはない。代わりに桂馬(騎馬武者)とか香車(槍兵)とか、完全に戦場の編成になってる。
B B
教会がないのがでかいな。ヨーロッパは王権と教権が並立してたから駒にもなるけど、日本の武家社会やと寺社は盤面に出てこんわけや。

A A
あとさ、チェスと将棋の根本的な違いとして「持ち駒ルール」があるじゃない。取った駒を自分の駒として使えるっていう。
B B
あー、あれな。あれがあるから将棋はゲームが全然終わらんくなって、歴史的にとんでもないバリエーションが生まれたらしいで。大局将棋って知ってる? 36かける36マスで、駒の種類が209種類、全部で804枚。
A A
804枚!? 実際に対局した記録あるの?
B B
あるらしい。32時間41分かかって3805手。もう正気の沙汰やないやろ。
A A
その持ち駒ルールの起源も面白くて、15世紀頃の日本で、捕虜になった傭兵が処刑されずに敵方に寝返る慣行があって、それがモデルになった可能性があるんだって。
B B
戦争の実情がゲームに反映されてるんやな。チェスは取った駒を二度と使えへんけど、将棋は復活させる。この違いだけでも、東西の戦争観の差が見えてくる気がするわ。

A A
こうやって見ていくと、「将棋にクイーンがいない」のは別に偶然じゃなくて、文化の違いがそのまま駒に表れてるってことだよね。
B B
うん。同じ「斜め1マスしか動けない弱い大臣」から始まって、西ヨーロッパでは宮廷文化と強い女王たちの影響で最強の女王に変わり、日本では武家社会の論理で王を守る忠実な金将になった。
A A
ざっくり言うと、チェスは「宮廷の権力構造」を盤面にのせたゲームで、将棋は「戦場の軍隊編成」を盤面にのせたゲーム。宮廷には女王がいるけど、戦場にはいなかった。
B B
しかもクイーンが最強になったのも約550年前の話で、チャトランガが生まれた6世紀から数えると1000年近くは「大臣」のままやったわけやから、チェスにクイーンがいるほうがむしろ歴史的には例外的な進化やったんやな。
A A
結局、「なぜ将棋にクイーンがいないの?」っていう問いは、逆に言えば「なぜチェスだけに女王が生まれたの?」って聞いたほうが正確なのかもね。答えは15世紀スペインの宮廷文化にある、っていう。
B B
同じ親から生まれた双子が、育った環境で全然違う大人になった、みたいな話やな。ゲームって文化の鏡なんやなあ。

参考文献


この対話はAIによって生成されたものです。引用データや歴史的事実は実在する文献に基づいていますが、説明はわかりやすさを優先して簡略化しています。

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